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相続人の中に認知症や知的障害、精神障害などにより
判断能力に支障のある人がいる場合、相続手続は通常の相続に比べて、
法律上・実務上の対応が大幅に複雑になります。
そのような場合には、
生前に遺言書を作成し、あわせて遺言執行者を指定しておくことが、円滑な財産承継を実現するうえで非常に重要となります。
認知症等のある相続人がいる場合、
最大の問題は、遺産分割協議を円滑に進めることができなくなる点にあります。
(1)意思能力を欠く相続人が参加した遺産分割協議は無効となる
遺産分割協議は法律行為であるため、
各相続人には意思能力(自己の行為の意味や結果を理解し判断できる能力)が必要です。
重度の認知症や障害により、
意思能力を欠く相続人が参加した遺産分割協議は無効となります(民法第3条の2)。
また、意思能力がない状態で実印を押印させるなどして協議を成立させた場合には、
後日、親族や成年後見人等から遺産分割協議の無効を主張される可能性があります。
(2)成年後見人等の選任が必要となる
意思能力を欠く相続人がいる場合に遺産分割協議を行うためには、
家庭裁判所に成年後見人等の選任を申し立てる必要があります。
しかし、成年後見制度を利用する場合には、次のような負担や制約が生じます。
①手続に時間を要する
成年後見開始等の申立てから選任までには、一般的に1か月から3か月以上の期間を要します。
その間、遺産分割協議を進めることができず、相続手続全体が停滞することになります。
②利益相反の問題が生じる
共同相続人である配偶者や子が成年後見人に就任する場合には、
その者と被後見人との間で利益が対立することがあります。
このような場合には、さらに家庭裁判所へ特別代理人の選任を申し立てなければなりません。
(民法第826条、第860条)
③柔軟な遺産分割が困難となる
成年後見人の最も重要な任務は、本人の財産保護です。
そのため、
家庭裁判所は原則として本人の法定相続分を確保する内容の遺産分割を求める傾向があります。
たとえば、
「認知症の母には今後の居住のため自宅を取得してもらい、
介護を担う長男には現金を多く取得させる」
といった家族の実情に応じた柔軟な調整は、容易ではありません。
上記のような問題は、生前に遺言書を作成し、あわせて遺言執行者を指定しておくことで
大幅に軽減することができます。
(1)遺産分割協議そのものが不要となる
遺言によって財産の承継先をあらかじめ定めておけば、相続開始後に遺産分割協議を行う必要がなくなります。そのため、認知症等の相続人に意思能力があるか否かにかかわらず、遺言内容に従って財産承継を進めることができます。
(2)遺言執行者が単独で執行手続を進めることができる
民法第1012条第1項は、遺言執行者について、
「遺言の内容を実現するため、
相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」
と定めています。
また、民法第1013条第1項は、遺言執行者がある場合には、
相続人は遺言の執行を妨げる行為をすることができないと規定しています。さらに、同条第2項は、これに違反する処分行為を原則として無効としています。
そのため、遺言執行者が指定されていれば、相続人全員の協力や同意を得ることなく、
預貯金の払戻しや不動産の名義変更などの手続を進めることが可能となります。
結果として、成年後見人等の選任を待つことなく、
被相続人の意思に沿った迅速な財産承継を実現することができます。
認知症等の家族がいる場合において、遺言執行者の指定は非常に有効な対策ですが、
遺言内容を検討する際には遺留分にも十分な配慮が必要です。
たとえば、
「長男に全財産を相続させる」
という遺言を作成し、認知症の相続人に何ら財産を取得させない場合には、
その相続人の遺留分が侵害される可能性があります。
この場合、
後日その相続人について成年後見人が選任されると、成年後見人は本人の権利を保護するため、遺留分侵害額請求を行うことができます(民法第1046条)。
①最高裁平成26年3月14日判決
最高裁平成26年3月14日判決(遺留分減殺請求事件)は、
「精神上の障害により、事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合に
おいて、時効期間満了前に後見開始の審判の申立てがされていたときは、
後見人が就職した時から6か月を経過するまでは権利行使期間は完成しない」
と判示しました。この事案では、後に選任された成年後見人が遺留分減殺請求を行い、
その請求が有効と認められています。
②実務上の留意点
認知症等の家族の生活や介護を考慮して、
特定の相続人に多くの財産を承継させること自体は可能です。
しかし、遺留分を大きく侵害する内容の遺言とした場合には、
後日、成年後見人等による遺留分侵害額請求が行われる可能性があります。
そのため、認知症等の家族がいる事案では、
遺言執行者の指定だけでなく、遺留分にも配慮した遺言内容を検討しておくことが重要です。
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